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FRBについて

アメリカの中央銀行であるFRBは株式会社である。(正確にはアメリカの中央銀行制度を司る企業体)アメリカ合衆国政府はFRBの株式を1株も保有していない。株主は非公開であり特定の民間人が保有している。特定の民間人が、基軸通貨であるドルを発行する権限を持っている。アメリカ合衆国憲法に「通貨の発行権は合衆国政府に属する」とあり明らかな憲法違反である。アメリカ司法権はこの憲法違反に対し違憲判決を出さない。

*FRBの設立。
ロスはFRBを設立するためにはウッドロー・ウィルソンを大統領にする必要があった。当時のアメリカでは「中央銀行」という言葉に強いアレルギーがあった。そこで、ロスの代理人であるポール・ウォーバークが中心となりジキル島での秘密会議を行った。ポール・ウォーバークは「中央銀行」の名前を避け「連邦準備制度」と言う不可解な名前にしたのある。最初は共和党のネルソン・オルドリッチ上院議員が連邦準備制度を設立する法案を議会に提出しました。オルドリッチはジョン・D・ロックフェラー・Jrの義父で共和党上院議員の院内幹事であった。そしてジキル島での秘密会議のメンバーの1人であった。民主党はこの法案に猛烈に反対した。しかし共和党は選挙で破れ野党に転落した。この時ロスは民主党の大統領候補ウッドロー・ウィルソンに白羽の矢を立てた。しかし、彼は全く無名の候補者であった。1912年次期大統領として有力な候補は共和党のウィリアム・タフトでした。まともに戦えばとてもウッドロー・ウィルソン候補に勝ち目はありませんでした。しかし、誰もが予期しない事が起こったのです。元大統領セオドア・ルーズベルトが共和党を離れ革新党を結成し大統領に立候補したのです。その結果、共和党の票は大きく割れ、ウッドロー・ウィルソン候補は地滑り的勝利を収める事ができました。後に議会証言で明らかになったのだが、フェリックス・ワーバーグはタフト候補を、ポール・ワーバーグとジェイコブ・シフはウィルソン候補を、そしてオットー・カーンはルーズヴェルト候補をそれぞれ支援していたことが明らかになった。 オット・カーン、フェリックス・ウォーバークとポール・ウォーバークの従兄弟、お馴染みジェイコブ・シフの4人はあのクーン・ロープ商会の共同経営者です。彼らは皆、ロスの息のかかった者達です。3人全てに資金協力しており一番ベストなのは一番操り易いウッドロー・ウィルソンだったが、結局は誰が大統領になっても操れるようになっていた。
ここでも対立論を作っていた。
計画の黒幕は、ロンドンのアルフレッド・ロスチャイルド男爵であった。ウッドロー・ウィルソン大統領は連邦準備制度を作るためのオーウェン・グラス法案を年末で議員の多くがクリスマス休暇をとっている時期にあえて上程して、議会を通過させてしまいました。当時、クリスマス前の一週間は重要な法律を議決すべきではないというのが習わしであった。しかしこの伝統は合衆国国民に対して連邦準備法という犯罪を行うために無作法にも破壊されたのである。後に「クリスマスの大虐殺」として知られるようになる。

*連邦準備制度(FRS/Federal Reserve System)はいったいどういう制度であるのか?
FRBは「連邦準備制度理事会」(FRB/Federal Reserve Board )と「連邦準備銀行」(FRB/Federal Reserve Banks)の2つの意味がありますが、一般的にFRBというときは前者を指します。連邦準備制度理事会は連邦準備制度の統括機関であって各国の中央銀行に相当する。14年任期の理事7人により構成される。7人の理事の中から議長・副議長が4年任期で任命される。議長・副議長・理事は合衆国大統領が上院の助言と同意に基づいて任命することになっている。FRBは金融政策の策定と実施を任務とし、また連邦準備制度の活動の最終責任を負う。理事会の実際の業務の管理は、理事と協議しつつ連邦諮問評議会が行なう。

連邦諮問評議会は1914年に開かれた連邦準備制の組織委員会で選定された12の特権的都市の「金融地区」連邦準備銀行の役員によって選出されるが、連邦準備法に基づき一般には公表されない。全米12の地区連邦準備銀行は金利を設定し、公開市場操作を指揮することによって米国通貨の日々の供給と価格をコントロールすることができる。この12ある地区連邦準備銀行の中で最大の銀行が「ニューヨーク連邦準備銀行」である。アメリカの金融政策である金利や通貨の数量と価値、および債権の販売は実質的にはニューヨーク連邦準備銀行が決定している。1914年当初、ニューヨーク連邦準備銀行は20万3053株を発行。ナショナル・シティ・バンクが最大の株数3万株を取得。ファースト・ナショナル・バンクが1万5000株を取得。チェース・ナショナル・バンクが6000株、マリーン・ナショナル・バンク・オブ・バッファローが6000株、ナショナル・バンク・オブ・コマースが2万1000株をそれぞれ取得。さらにこれらの銀行の株主は見てみると。ロスチャイルド銀行(ロンドン)、ロスチャイルド銀行(ベルリン)、ラザール・フレール(パリ)、イスラエル・モーゼス・シフ銀行(イタリア)ウォーバーグ銀行(アムステルダム)、ウォーバーグ銀行(ハンブルク)、リーマン・ブラザーズ(ニューヨーク)、クーン・ローブ銀行(ニューヨーク)、ゴールドマン・サックス(ニューヨーク)、チェース・マンハッタン銀行(ニューヨーク)となっていた。このようにニューヨーク連邦準備銀行は、欧米の銀行が株の100%を保有しており米国政府は1株も保有していないのです。チェース・マンハッタン銀行が米国のロック系で、それ以外は全てロス系の金融機関である。要するにロックはロスの代理人であり実質はロスが米国の中央銀行を支配しているということになる。ちなみに、現在のニューヨーク連邦準備銀行はJ・P・モルガン・チェースとシティ・バンクの2行だけで53%近くの株を所有している。J・P・モルガン・チェースはロス系で、シティ・バンクはロック系の銀行。未だ相変わらずFRBはロスの支配下にあるという事である。

中央銀行に限らず市中銀行も彼らは支配している。これまで述べてきたようにロスの裏にはこの銀行システムを作りたした銀行家がおり支配しているのである。
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theme : ユダヤ
genre : 政治・経済

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サンヘドリンについて

「サンヘドリン」はユダヤ人の最高評議会であり最高法院、長老会とも言われる最高裁判権を持った宗教的・政治的自治組織である。議長と副議長がそれぞれ1人づつ、議員が69人で合計71人の長老たちから構成されていた。そのメンバーは祭司、律法学者などであった。

「サンヘドリン」の源流はモーゼの時代まで遡るという。しかし、「サンヘドリン」はギリシャ語名である事から、起源がヘレニズム時代にあると考えられる。
*ヘレニズム時代は、紀元前323年のアレクサンドロスの死から紀元前30年プトレマイオス朝エジプトの滅亡までの約300年間を事である。

「サンヘドリン」のメンバーに加わるためにはモーゼに由来するセミカの口伝を受けている事が条件であったとラビにより伝承されている。
*セミカとはラビの聖職任命(叙階式)の際にヘブライ語で口述される文句とされる。

紀元70年、ユダヤ戦争においてローマ帝国軍によってエルサレム神殿が崩壊させられてしまった。この時、本来の「サンヘドリン」も神殿崩壊とともに消滅してまった。やがてパリサイ人(びと)またはパリサイ(ファリサイ)派と呼ばれる人々の指導者たちによって新しい「サンヘドリン」が作られ再興される事になる。そしてパリサイ派がユダヤ教主流派となった。これによって「サンヘドリン」と「ユダヤ教」はパリサイ派に乗っ取られた。

ネチェボロドフは「ニコライ二世とユダヤ人たち」で「バビロン捕囚時代に、ユダヤ人法師たちが入手したカレドニアの科学によって、聖書と捕囚(紀元前六〇六年)後にユダヤ人歴史家がわずかに残した文書にその名が見えているパリサイ派を誕生させることになった。高名な科学者のムンクは、パリサイ派は疑いなく捕囚時代に形成されたと書き残している」この事からパリサイ派はエジプトを発祥とする事が伺えられる。パリサイ派は捕囚時代に二、三百人の識者によって結成された本格的な秘密結社であったと言われている。

また、アメリカの一ドル札の裏、フランスの人権宣言にはピラミッドと三角目玉が描かれている。この事からもエジプト発祥が伺えられる。エジプトはバビロンの捕囚時、神の民であるユダヤ人を奴隷として使役していました。サタンにとってエジプトは、かつて神の民を支配していた場所、言わば神に対する勝利の象徴の場所なのです。このように純粋なユダヤ人にとってバビロンの捕囚時、エジプトの奴隷のとなった屈辱を忘れるはずがない。決してピラミッドをシンボルにしない。

パリサイ派のルーツは旧約聖書に記された「カナンの呪い」にまで遡りカナン人の末裔とする政治組織であったとも言われている。ノアの息子ハムの息子はエジプトとカナンであった。カナン人は隣接するエジプト人と親戚であり同じ神々を共有していた。彼らは肌の黒い黒人であった。カナン文字はエジプトにいたカナン人の石工たちが発明した。カナンとエジプトには密接に交流があり人々が行き交っていた。これらの事からバビロンの捕囚時にカナン人がエジプトの古代イスラエル人達に紛れてパリサイ派になったとも考えられる。またはエジプト人がカナン人に紛れてパリサイ派となったとも考えられる。カナン人の悪魔崇拝がやがてタルムードを生む事になる。カナン人は自在に名前を変え貿易や金融業を生業としたフェニキア人からベニス商人とも言われたベネチア人となり欧州の貴族と結びつき混血しながら黒い貴族となっていったと言われる。

精神分析で有名なフロイトの著作「モーセと一神教」によるとフロイトは多神教の古代エジプトで生まれた一神教(アテン信仰)運動が否定された後に、モーゼがその信仰を継承したと主張をしている。そして、モーゼもエジプト人であって、ユダヤ人はそれを隠すための工作をしたと言っている。真相はわからないが面白い説である。

以上の事からパリサイ派であるパリサイ(びと)はエジプト発祥、タルムードとの関わりからカナン人、そして決してユダヤ人でない事が伺えられるのである。

「サンヘドリン」がロスを筆頭するユダヤ人(教徒)のコントロール組織であり実質的な世界支配者である。約二千年間、地下政府として君臨し常に移動していた。エジプト→古代イスラエル→ローマ→オスマントルコ→コンスタンチノープル→スペイン→オランダ→イギリスとその寄生先を次々と変えきた。これらの国は栄華を極めやがて衰退したり滅んでしまったりした。彼らは国に寄生し吸い尽くすとその国は滅ぶ。するとまるで吸血鬼のごとく次の寄生先を求める。やがてイギリスを拠点を置きつつアメリカを支配し血塗られた戦争に継ぐ歴史を作ってきた。
着々と勢力を拡大し、今や世界中の先進国の国家中枢に溶け込んでいる。彼らは血統などどうでもいいと思っている。その為、黒人であったが現在では混血が進んで全く白人と見分けがつかなくなっている。彼らは血統に拘らないのは国に寄生し吸い尽くし新たな寄生先に移住するのに政略結婚をし、その国の権力者と婚姻関係を結ぶ。その為に絶えず混血を繰り返してきた。

これが偽ユダヤ人を裏から操り、現在の中央銀行による通貨発行詐欺と市中銀行による信用創造詐欺システムを作り出したサンヘドリンと欧州貴族と混血した仲間たちである銀行家の歴史である。

theme : ユダヤ
genre : 政治・経済

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偽救世主サバタイ・ツヴィ

17世紀にサバタイ・ツヴィは救世主として登場した。1626年トルコのスミルナのゲットーでサバタイ・ツヴィは生まれた。スミルナのゲットーにはスペインを追放されたユダヤ人達が各地を転々し辿り着いた。サバタイの父は貿易業で財を成し富裕層であった。サバタイをラビにしようとユダヤ学院に通わせた。だがサバタイは正統的ユダヤ神学に関心を持たず、ルーリア派のカバラ思想に興味を示した。サバタイは「厳格な禁欲と苦行」「瞑想を通じ天使や神との接触」を求めた。厳しい寒さの中、冬の海で沐浴をし、長期間の断食など行った。やがて自分を救世主だと信じ込むようになった。元来、ユダヤ教には救世主待望論がある。1648年には救世主が現れると予言されていた。

さらに、ウクライナでユダヤ人の大虐殺が起こり、終末論的な雰囲気がユダヤ社会を覆っていた。そんな時、サバタイはキリストの名を叫びながら、「我こそは救世主なり」と説教を始めた。しかし、人々はサバタイを狂人とみなした。そして生まれ故郷のスミルナから追放されてしまう。その後、各地のゲットーを転々とし1660年カイロに辿り着いた。そこでユダヤ人有力者でカバラ主義者のラフィエル・ヨゼフ・ハラビの支持を得る事に成功。続いて聖都エルサレムへと向かった。しばらく目立った行動は行わず祈りと修行に明け暮れた。やがてオスマン・トルコ政府がエルサレムのユダヤ人達に多額の税金の支払いを命じ、支払いが出来ないなら追放するという命令を出した。この時、サバタイは密使としていち早くカイロに戻り、大富豪ハラビに助けを求めた。ハラビは同胞の助けならと喜んで財を投げ出し税金を立て替えた。この危機を救いサバタイは一躍、大きな支持を集めた。

この頃サバタイは、妻サラと結婚する。一種のカリスマを持ったサラは支持者を集める大きな力となった。サラはユダヤ人大虐殺の時、ポーランドからカイロまで逃げて生き残った。サラもカバラ信望者で、将来救世主の妻になると固く信じ込んでいた。そして、カバリスト学者ナタン・ガザッティとも出会う。ガザッテイも近いうちに救世主が現れると予言しサバタイが、その人だと固く信じ込んでいた。

エルサレムのラビ達がサバタイを危険視し始めると本拠地をガザへと移した。そして、自分こそユダヤの救世主であると正式に宣言した。時を同じくしてヨーロッパ各地のゲットーに文書を送り支持を呼びかけた。信じ難たい凄い数のユダヤ人達が同調した。ラビ達はこれをペテンだと糾弾し、サバタイ信望者を破門したがほぼ効果は無かった。さらに、ラビ達の中からもサバタイに同調する者が出始めた。その中にはユダヤ教会の有力者も居た。サバタイは続いて本拠地をガザから生まれ故郷のスミルナに移した。住民達に大熱狂で迎えられスミルナの実権を掌握した。サバタイの噂はイギリスにまで伝播し多くのユダヤ人達が本物の救世主と信じたと言う。

1666年サバタイはスミルナからコンスタンチノープルへと移る。だがトルコ政府によって逮捕され城に幽閉される。しかし、王侯貴族のように丁重な扱いを受け贅沢な部屋を用意された。その数ヵ月後サバタイはトルコ皇帝(スルタン)のモハメッド4世に呼び出され「イスラムに改宗するか、死刑になるか?」の二者択一を強いられる。するとあっさりとイスラム教に改宗してしまうのである。あっという間に世界のユダヤ人達の間にサバタイのイスラム改宗が広まり、サバタイ・ツヴィ運動の熱狂はあっという間に萎んでしまった。サバタイに同調した約10人の高名なラビが処刑された。サバタイはその後ユダヤ教の祈りを行っているところを目撃されトルコから追放され、1676年アルバニアの小さな町でに死亡した。だがサバタイがイスラム教に改宗した後も救世主とする運動は萎みはしたが完全に消滅はせずイスラム教徒の支持者すら居た事に驚かされる。彼らはサバタイの改宗は一種の「秘儀」であり、イニシエーションのようなものと捉え、「サバタイ主義」は、実に18世紀まで生き延びた。

サバタイがあっさりと改宗した事について。ここで感のいい方なら気が付きかも知れない。そう「ウススの手紙」でユダヤ総主教ウススが「キリスト教に改宗せよ」と言った事と全く同じだと。サバタイ1626年に産まれ17世紀を生きた人物だが「ウススの手紙」は1489年で15世紀の話。という事は表向きはあっさり寝返るが本心は寝返っていないサバタイのやり方はサンヘドリンによって授けられた知恵である事が想像できる。

日本人にはわからないだろうが、ユダヤ教に限らす、イスラム教、キリスト教、仏教と言った信者はそう簡単な事では改宗はできない、しない。人生そのものを変える事になりかねない。

もちろん現在でもこの手法は用いられる。ある組織を乗っ取ったり、ある人物を買収する時にも使われる。例えば政党などもサバタイのような人物が潜入すれば思わぬ方向へと舵を切る可能性がある。組織にサバタイがいるのか見極めなければならない。

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ユダヤ人について

今となってはユダヤ人についてご存じの方も多くなって来たと思いますがおさらいの意味で軽くお話しておきます。ユダヤ人と言って思い浮かべるのはアインシュタインのような白人の人たちでしょうか。彼らの祖国はイスラエルと言う。あのイエスも白人として描かれている事が多い。しかし、本当のイエスは我々日本人と同じ黄色人種である。

本当のユダヤ人とは旧約聖書に出て来る古代イスラエルに住んでいた人々の事である。アブラハム→イサク→ヤコブの子孫がユダヤ人とされる。ヤコブのまたの名がイスラエルであることから、ユダヤ人は「イスラエルの民」と呼ばれる。やがて古代イスラエルが滅ぶと、バビロンの捕囚にて暫くエジプトの奴隷となる。その後再び、イスラエルを建国した頃には混血してしまいアブラハムの血が薄くなってしまい血の正当性は失われてしまった。そのため「ユダヤ人は今もうは存在しない民族」と言っても過言ではない。

偽ユダヤ人(自称ユダヤ人)とは「アシュケナージ」「スファラディー」等と名乗る連中の事である。正式には彼らは人種ではない。単なるユダヤ教徒でアブラハム→イサク→ヤコブの正統な血を引く子孫ではない。しかし、彼等の中にもアブラハムの血が極薄く混ざっている事は否定はできないが混血が進んでいるのでその正当性はもはや失われている。偽ユダヤ人(自称ユダヤ人)たちが血統の話をするならば、古代イスラエルがあった近隣諸国のイスラム圏に住む人々の方がアブラハムの血がよっぽど濃いと考えられる。偽ユダヤ人(自称ユダヤ人)たちがイスラエルを故郷と言いパレスチナ人を追い払う正当性は何処にもないのである。

「アシュケナージ」(アシュケナジム)は東欧を意味し、その移住先を現している。よく目にする白人の自称ユダヤ人たちの事である。彼らは7世紀から10世紀にかけカスピ海の北からコーカサス、黒海沿いに栄えた遊牧国家ハザール(カザール)人の子孫。ハザールは新興のイスラム教勢力であるイスラム帝国と対立を続けた。さらに東ローマ帝国というキリスト教の大国と隣接していたことにより730年にブラン・カガンがハザールを国家ごとユダヤ教に改宗した。ロスは「アシュケナージ」。

「スファラディー」(セファルディム)という言葉はスペインを意味し、同じく移住先を現している。元々アラブ系と混血したユダヤ人。イベリア半島へと流され、地中海一帯に広がったと言われる。「スファラディー」の多くはキリスト教への改宗を迫られ、表面上は改宗した振りをして他民族と混血を繰り返して生き延びた。「失はれた十二支族」の末裔とも言われるが今では他民族と混血を繰り返した為に血の正当性は失われている。ベネディクト16世はスファラディーだが見た目白人。

「ミズラヒ」という同じ肌の色を持つアジア民族に溶け込んだユダヤ人もいるが今では同じく混血を繰り返しているために血の正当性は失われている。エチオピア系黒人の自称ユダヤ人も存在する。

彼らは血の正当性ではなく組織である。方や赤の他人で他方は混血を繰り返し血の正統性がない。違いは活動する場所が違う事だけである。「アシュケナージ」(ハザール人)は欧米、「スファラディー」欧州および中東、「ミズラヒ」アジアおよび中東。

忽然と消えてしまった十氏族の子孫が秦氏という説についてここでは扱わない。日ユ同素祖論なるものが語られるが白人の偽ユダヤ人(自称ユダヤ人)がいかにも自分たちが真のユダヤ人かのようにその事を利用している。あくまで日本人の一部に古代イスラエルの血を引くという意味での日ユ同素祖論なので騙されないように。

現在言われているユダヤ人とは血に基づく人種ではなくユダヤ教を信仰する宗教的集団である。本当に信仰心があるのは末端の信者(利用される者)だけで上層部は宗教を利用している。その構図はただのカルト集団と同様である。

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ロスVSロック対立論の嘘

銀行家はいつも必ず対立論を作る。全てその出所は同じ。対立する両側に資金提供や人を送り込みコントロールする。どちらを応援しても損をしないように出来ている。「資本主義VS共産主義」「民主主義VS社会主義」「ロスVSロック」「テロVSアメリカ」数えあげればきりがない。

*石油と原子力について。

ロックの石油市場支配への道のり。1859年ペンシルバニア州で初めて石油が採掘される。1860年頃には石油が日常的に使われ始めるようになる。1865年ロック1世(ジョン・D・ロック)は石油販売で初期の成功を納めることになる。そして石油掘削業者を次々と買収・統合して石油王としてその名を馳せた。鉄道輸送が開始されると輸送料の独占契約を結び他業者を締め出す。石油産業の上流から下流まで支配することによって石油市場を支配下に納める。1870年「スタンダードオイル社」設立する。1880年代には全米の石油市場の80%を押さえほぼ独占する。1890年連邦政府反トラスト法制定(独占禁止の法律)1911年最高裁が「スタンダードオイル社」に対し解体命令。しかし財閥解体されたはずの「スタンダードオイル」の各社は、「エクソン」「モービル」「ソーカル」(後のシェブロン)と名前を変え存続。しかし、ロック自身は筆頭株主としての地位を維持していた。やがてこの3社が後の石油メジャーとして世界の石油市場を牛耳ることになる。

一方、原子力はロスが支配してきた。1898年、キュ-リ-夫妻がラジウムを発見するがアンリ・ロスが注目。ロス一族の「リオ・ティント・ジンク社」(鉱物会社)により事業化し、世界のウランを独占するという戦略に出た。「リオ・ティント・ジンク社」はそもそもはスベインの財閥と結びいて、水銀や亜鉛そしてウランヘと進出していく。他方では、ノ-ベル財閥の爆薬産業とも結合し広大な鉱山を独占してきた。脱線するがノーベル賞もロスの息のかかった賞であり、受賞者はロスにとって都合のいい人物やコントロールする人物に与えられる。ノーベル平和賞受賞者、、、温暖化詐欺の「アル・ゴア」や「オバマ」ノーベル財閥は現在でも弾丸を作っています。ロス一族の銀行である「ラザ-ル・フレ-ル」とスペイン産業公社の子会社の「バブコック社」は南アとナミピア共和国の「ロッシング鉱山」などのウラン資源を押さえる事によって原料供給を確保する役割を担うことになる。ちなみに「バブコック社」は三社あり、そのうち「バブコック・ウィルコックス」は原子炉メーカーであり1979年のスリーマイル島事故の責任会社である。アメリカのマンハッタン計画においてはウラン濃縮と重水の製造技術を提供したのはノ-ベル財閥の国ノルウェ-最大の企業「ノルスク・ハイドロ」である。それを取り持ったのがキュ-リ-夫人の娘婿ジュリオ・キュ-リ-だった。既にWW2前からウラン独占が成立していた。やがて、フランスのアンリ・ロスが鉱山会社「ペナロヤ社」「イメタル社」「モクタ社」を通じ、英国のアンソニ-・ロスが「リオ・ティント・ジンク」を通じて世界のウランを独占体制を完成させる。アメリカにおいてはウランメジャ-「ユタ・インタ-ナショナル」を支配するのはケネコットとアサルコというロス系列の企業である。原子力産業自体はフランスにその産業立地を見出して行く事になる。終戦後、ド・ゴ-ルは原子力庁を創設し初代長官としてジュリオ・キュ-リ-を任命。しかし、実働部隊として化学部門を担当したのがロス一族でマンハッタン計画の監督も行ったベルトラン・ゴ-ルドシュミットである。ベルトラン・ゴ-ルドシュミットはパリのキュ-リ-研究所に勤務し、カナダでウランの利権を漁り、その後に国際原子力機関(IAEA)の議長として世界の原子カ産業の頂点に君臨することになる。フランスの原子力産業は原子カ庁の膝元である「核燃料公社コジェマ」と「国営発電会社フランス電力」がある。その周辺には「原子炉メ-カ-のフラマトム」「重電機のジェネラル・デレクトリシテ」「エレクトロ・メカニック」「原子力工業社」と言った私企業から成る。それぞれロスの息のかかった人間が配置されている。

このように石油はロックが支配し、原子力はロスが支配してきた。それぞれが利害対立するならばその構図はロスVSロック対立論になる。

*ロスVSロック対立論の嘘。

ロスVSロック対立論が言われるが全くのペテンである。ロックフェラーはロスチャイルドの手代に過ぎない。その事はロック自らが白状している。1974年ウォーターゲート事件で退陣したフォード大統領によってネルソン・ロックは副大統領に指名された。そのためロックは個人資産を公表しなければならなくなってしまった。しかし、その公表された内容は驚くものであった。所有不動産は一切なし、不動産税はゼロと言うとても信じられ難い内容であった。その事についてロックは米上院委員会において脱税でないことを証明、説明しなければならなくなった。窮地に陥ったロックは次のように答弁した。「ロック家の資産はロス家の米国代理人であるクーンローブ商会が財務管理しており、その投資は全てはクーン・ローブ商会の承認を受けなければならない」と。それはクーン・ローブ商会がジェイコブ・シフ以来、常に行われてきた。 ちなみにシフ家の祖先はフランクフルトの旧ユダヤ人街で1軒の家をロス家と共有して住んでいた。ロスはジェイコブ・シフを通じて、ロックー、ハリマン、カーネギーに資金を提供し巨大財閥に育成した。ロックはロスの代理人。代理人は代理人に過ぎない。資産が管理されて何一つ自由に出来ない。所詮、雇われの子飼いである。ロスVSロック対立など存在しない。

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